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報恩講×AIさんのコンサート

昨年11月10日の夜、築地本願寺の報恩講の前夜祭として、アーティストのAIさんが本堂でチャリティ・コンサートを行いました。

 最初に普通に法要を行って仏様に奉告したのち、仏様に捧げる形でAIさんのコンサートが始まりました。本堂はレーザー光線を使ったテクノ舞台に変貌。内陣の扉をすべて開けて、レーザー光線で色を変えながら映し出されると、これまで見たこともない美しい光景が広がりました。演出次第でこれほど変わるものかと、本当に圧倒されました。ゴスペルの聖歌隊なども入ったパフォーマンスも素晴らしく、なかなか良いコンサートでした。

 築地本願寺ではこうしたイベントを打診されることがよくあります。その際には、法要を行い、かつ無料またはチャリティという形なら場所を提供しても構わないという条件を出します。こうしたイベントをすると、お寺という神聖なところで見世物をやっていいのかという批判が必ず出てきます。さらに、それで儲けているとなれば、ダブルで批判されます。そこで、チャリティで、かつ、報恩講の前夜祭として、仏徳讃嘆で仏様に奉告し、法要を行うという構成にしています。通常は法要という形式でないと難しいというと申込者はみんな恐れをなして辞退するのですが、AIさんはすべての条件を呑んでくれたため実現できました。

 AIさんのファンの年齢層は30代、40代、50代。若者ばかりではありませんが、普段お寺に来ることのない方でも築地本願寺に足を運ぶ最初の機会になったはずです。こうした催しを本堂で行い、ロックを歌いながらも、南無阿弥陀仏のお経も唱える。今後、若者がお寺に来るとすれば、そういうノリのものが、新しい伝道の1つの形かもしれないと感じました。

 


 

新年のご挨拶

皆様、新年あけましておめでとうございます。

皆様には、お正月をどのようにお過ごしでしょうか。

私は、昨年11月に社長を退任して、代表を後任の秦一成氏に承継しました。今後は、会長とし経営全般に関与してゆきます。

引き続き、有縁の皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます。

さて、 このブログを書いているときに、坂村真民の「一日一詩」(致知出版社)という新刊本が届きました。その12月30日の詩は、「時」という題です。

日の昇るにも、

手を合わさず

月の沈むにも

心ひかれず

あくせくとして

一世を終えし人の

いかに多きことぞ

道のべに花咲けどみえず

こずえに鳥鳴けど聞かず

せかせかとして

過ゆく人の

いかに多きことぞ

二度とないこの人生を

いかに生き

いかに死するか

耳かたむけることもなく

うかうかとして

老いたる人の

いかに多きことぞ

川の流れにも

風の音にも

告げ給う声のあることを

知ろうともせず

金に名誉に地位に

狂奔し終わる人

いかに多きことぞ

生死(しょうじ)事大無常迅速

時人を待たず噫々(ああ)

 

年始にあたり、気を引き締めるには迫力十分な詩です。

今年も皆様が気力が充実した「時」を過ごされることを念じております。

令和2年 元 旦

                           安永 雄彦

誰に人材を紹介してもらうかが肝

 先日、知り合いの娘さんのお見合い相手を探してほしいと頼まれ、心当たりがないかとあちこちに種まきをしているところです。この作業は、ヘッドハンティングの仕事にも共通するところがあります。

  ヘッドハンティングのときに候補者と面談しても、今回はご縁がなかったという流れになることはよくあります。その場合、私は最後の5分で、「絶対にあなたの名前は出さないとお約束するので、こんなスペックの人について誰かご存じありませんか。社名とお名前だけで結構です」と言うようにしていました。そこで誰かの名前が出てくると、調査をして連絡先を入手し、コンタクトをとります。すると決まって「なぜ私が転職したがっていると、わかったのですか」と驚かれ、非常に確率の高い候補者になってくれるのです。

  なぜ確率が高くなるかというと、同じ業界であれば、他社でも最近、人事異動があり、誰が不満に思っているかが間接的に耳に入り、状況がよくわかっているからでしょう。加えて、この人に紹介するなら、このレベルの人がいいだろうという適度のスクリーニングもかかります。互いに互いの力量を推し量ることになるわけですが、幸いにも過去15年間、変な人を紹介されたことは一度もありません。

  ちなみに、手練れの人事マンもやはり、これはと思う学生に、誰かいい人はいないかと声を掛けるそうです。紹介する人を見ることで、紹介される人のレベルを推し量れるため、より効率の良い採用活動ができるのでしょう。

 

 

魂が宿るものは売れない

 日本では企業のM&Aがなかなかうまくできない理由として、社会思想が関係していると思います。

  たとえば、日本企業は資産を入れ替えるのが苦手です。既存の分野で儲かっている、あるいは儲かりそうなところに、もっと投資をして成長させて、たとえ今は利益が出ていても今後の成長を見込めないところは売るということが、なかなかできません。利益が出ていれば、なぜ売るのかという考え方をしてしまうのですが、そもそも利益が出てなければ二束三文でしか売れないのです。

  この背景には、日本企業では事業は利益を生み出す機能というよりも、魂が宿っている不可分なものだという捉え方がされていることがあると思います。人を切る話も同様で、組織の中で人は利益を得る機能ではなく、「人間」として雇っているので、人を切るなどもってのほかと考えるのです。一方、欧米企業は事業も人も単なるバランスシートの1資産であり、効率性を考えれば、機能を入れ替えるだけで何ら問題はないわけです。

  日本企業にはそもそも、企業組織の中でそういう宗教的な考え方が埋め込まれているので、それを乗り越える理屈を明確に示して、提案してあげない限り、事業売却は人間の肉体を切り刻んで売るのと同じだという受け止め方になり、そこで働く人たちは不安になります。しかし、企業も今後は生き残りをかけて、効率性や生産性を高める必要があります。従業員もステークホルダーとはいえ、会社の所有者ではなく、株主利益ももっと尊重しなくてはいけません。あらゆるものに魂の宿るという1種の自然崇拝的な信仰から抜け出し、現実を提示して言い切る能力が不可欠だと思います。

 

 


 

弱点は財務会計のリテラシー

 グローバル化の波の中で、日本企業がうまく泳いでいけない大きな理由の1つが、ファイナンスのリテラシーが非常に低いことにあるのではないかと感じます。実際に、グロービスの経営大学院の受講生たちを見ていても、ファイナンス科目は異常なほど人気がないばかりか、相対的に成績も悪いと聞きます。

  業績発表の場で、「現状から見て、ネットキャッシュフローの上昇率の見込みとその理由を教えてください」と記者から聞かれたときに、そんな細かいことは自分の範疇ではないと嫌がるCFOがいるそうです。しかし、そこは非常に大事なところです。ある戦略をとることで、ROA、ROE、1株当たり利益がどれだけ上昇するか、ネットキャッシュがどれだけ増えるか。こうした基本的な質問が少ないので、その準備もしていないのだとすれば、バランスシート経営が尊重されていない証拠です。

  日本企業がM&Aがあまり成功しないのも、CFOの基礎力が不足しているからだと思います。おそらく、M&Aで陣頭指揮をとったことがなく、バンカーが持ってきた資料を見るだけ。自分でこの会社を買ったら、1株利益がこれだけ上がるという判断ができないのでしょう。他のマネジメント人材にしても、簿記二級くらいの能力がないと、M&Aのプロフォーマ(試算)BSが正しいかどうかの判定もつかないため、コンサルタントやバンカーの説明をただ聞くだけになってしまうでしょう。

  日本企業が抱えるファイナンス面の問題について、私が最初に実感したのは、1980年代後半でした。それから四半世紀が経ちましたが、いまだに何も変わっていません。グローバルで戦う上では、これは何とかしなくてはならない重要な課題だと思います。