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取材は伝道活動の一環

カンブリア宮殿のホームページに村上龍さんの私との対談前の取材ノートが発表されていたのですが、村上龍さんは、築地本願寺の変革自体よりも、普通の銀行員が僧侶になったという私の選択に「とてもびっくりした」という感想を持ったようです。自分としてはここまで自然に歩んできたキャリアが、他人の目には特異に移ることを、今回は改めて知ることになりました。

 世の中には、お寺や僧侶に関して一定の既成概念があります。僧侶は世襲が当たり前であり、通信教育で世俗の銀行員が僧侶になる人がいるのは驚きなのでしょう。さらに、外部の人が落下傘で既存の大寺院の事務方のトップに入り、営業や事業を統括するのは想定内であっても、僧侶として法要をリードしているのはかなり意外性があったようです。私が手に汗を握って導師として報恩講の法要を行っている場面は、特に熱心に撮影していただきました。

 メディアに露出することについて、お坊さんらしくないと不満に思う方がいらっしゃるかもしれません。ですが、私としてはまったく抵抗感はありません。こうして幅広く紹介されて、お寺に来てくださる方が増えるならば、広い意味での伝道活動にほかならないからです。しかも、テレビの1時間番組をつくろうとすれば、巨額の費用が掛かります。それを無料で取材作成し放映してくれる。それで、10億円以上の広告効果があるとすれば、ありがたい話です。実際に、カフェには連日行列ができるようになりました。それですぐご門徒が増えないとしても、多くのこれまでご縁のない方がお寺に来ることへのハードルは格段に下がります。

 その一方で、こうしてブームは作られるのかともしみじみ感じます。もちろん、これで有頂天になっていれば、伝道活動の足元はぐらついていきます。こうしたブームは所詮、一過性のもの。それを今後どう根付かせるのかが問題です。

 

 

カンブリア宮殿

 築地本願寺はこのところ急にテレビの露出が増えていて、昨年11月4日にはテレビ東京のニュース番組「ワールド・ビジネス・サテライト」、11月28日には作家の村上龍さんと女優の小池栄子さんがホストとして出演しているビジネス番組「カンブリア宮殿」に取り上げられました。どうも世の中の人にとって、お寺にカフェをつくったり、いろいろな改革を進めてきたことが物珍しいようです。

「カンブリア宮殿」の話は、10月のはじめに、制作会社から取材をされたのがきっかけです。実は、私はあまりテレビを見ないので、この番組のことをよく知りませんでした。担当の方に一度お会いして一通り話をすると、企画が通るかどうか1週間、待ってほしいと言われました。ところがその2日後には、番組制作と正式に取材撮影が決まったという連絡が入ったのです。そこから1カ月くらいかけてほぼ毎日五月雨式に撮影が始まりました。

 撮影は、お寺での仕事だけでなく、グロービスで教えているところまで、ありとあらゆる活動が対象になりました。映画と同じように、大量に撮影しても、使われるのはごく一部。編集されたものは、おそらく5分の1から10分の1程度でしょう。そうなると、自分の発言のどの部分が切り出されて紹介されるか見当もつきません。取材慣れしていないので、失言もあるだろうし、長い文脈の一部を取り出すことで、どぎつい言葉になるかもしれません。なかなか難しいものだと思いました。

 事実を記録して再構成することで、意味を与えられる。編集能力とは興味深いものです。出来上がった番組を見て、思っていたほどの失言シーンがなくてほっとする一方で、編集されて構成されると「こうなるのか」「なるほどと納得感のあるストーリーになるのだな」と、少し他人事のような気持ちになりました。

 

 

 

 

報恩講×AIさんのコンサート

昨年11月10日の夜、築地本願寺の報恩講の前夜祭として、アーティストのAIさんが本堂でチャリティ・コンサートを行いました。

 最初に普通に法要を行って仏様に奉告したのち、仏様に捧げる形でAIさんのコンサートが始まりました。本堂はレーザー光線を使ったテクノ舞台に変貌。内陣の扉をすべて開けて、レーザー光線で色を変えながら映し出されると、これまで見たこともない美しい光景が広がりました。演出次第でこれほど変わるものかと、本当に圧倒されました。ゴスペルの聖歌隊なども入ったパフォーマンスも素晴らしく、なかなか良いコンサートでした。

 築地本願寺ではこうしたイベントを打診されることがよくあります。その際には、法要を行い、かつ無料またはチャリティという形なら場所を提供しても構わないという条件を出します。こうしたイベントをすると、お寺という神聖なところで見世物をやっていいのかという批判が必ず出てきます。さらに、それで儲けているとなれば、ダブルで批判されます。そこで、チャリティで、かつ、報恩講の前夜祭として、仏徳讃嘆で仏様に奉告し、法要を行うという構成にしています。通常は法要という形式でないと難しいというと申込者はみんな恐れをなして辞退するのですが、AIさんはすべての条件を呑んでくれたため実現できました。

 AIさんのファンの年齢層は30代、40代、50代。若者ばかりではありませんが、普段お寺に来ることのない方でも築地本願寺に足を運ぶ最初の機会になったはずです。こうした催しを本堂で行い、ロックを歌いながらも、南無阿弥陀仏のお経も唱える。今後、若者がお寺に来るとすれば、そういうノリのものが、新しい伝道の1つの形かもしれないと感じました。

 


 

新年のご挨拶

皆様、新年あけましておめでとうございます。

皆様には、お正月をどのようにお過ごしでしょうか。

私は、昨年11月に社長を退任して、代表を後任の秦一成氏に承継しました。今後は、会長とし経営全般に関与してゆきます。

引き続き、有縁の皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます。

さて、 このブログを書いているときに、坂村真民の「一日一詩」(致知出版社)という新刊本が届きました。その12月30日の詩は、「時」という題です。

日の昇るにも、

手を合わさず

月の沈むにも

心ひかれず

あくせくとして

一世を終えし人の

いかに多きことぞ

道のべに花咲けどみえず

こずえに鳥鳴けど聞かず

せかせかとして

過ゆく人の

いかに多きことぞ

二度とないこの人生を

いかに生き

いかに死するか

耳かたむけることもなく

うかうかとして

老いたる人の

いかに多きことぞ

川の流れにも

風の音にも

告げ給う声のあることを

知ろうともせず

金に名誉に地位に

狂奔し終わる人

いかに多きことぞ

生死(しょうじ)事大無常迅速

時人を待たず噫々(ああ)

 

年始にあたり、気を引き締めるには迫力十分な詩です。

今年も皆様が気力が充実した「時」を過ごされることを念じております。

令和2年 元 旦

                           安永 雄彦

誰に人材を紹介してもらうかが肝

 先日、知り合いの娘さんのお見合い相手を探してほしいと頼まれ、心当たりがないかとあちこちに種まきをしているところです。この作業は、ヘッドハンティングの仕事にも共通するところがあります。

  ヘッドハンティングのときに候補者と面談しても、今回はご縁がなかったという流れになることはよくあります。その場合、私は最後の5分で、「絶対にあなたの名前は出さないとお約束するので、こんなスペックの人について誰かご存じありませんか。社名とお名前だけで結構です」と言うようにしていました。そこで誰かの名前が出てくると、調査をして連絡先を入手し、コンタクトをとります。すると決まって「なぜ私が転職したがっていると、わかったのですか」と驚かれ、非常に確率の高い候補者になってくれるのです。

  なぜ確率が高くなるかというと、同じ業界であれば、他社でも最近、人事異動があり、誰が不満に思っているかが間接的に耳に入り、状況がよくわかっているからでしょう。加えて、この人に紹介するなら、このレベルの人がいいだろうという適度のスクリーニングもかかります。互いに互いの力量を推し量ることになるわけですが、幸いにも過去15年間、変な人を紹介されたことは一度もありません。

  ちなみに、手練れの人事マンもやはり、これはと思う学生に、誰かいい人はいないかと声を掛けるそうです。紹介する人を見ることで、紹介される人のレベルを推し量れるため、より効率の良い採用活動ができるのでしょう。