島本パートナーズHOME
ペンリンインターナショナルとは

外部環境の変化

 戦後はずっと高度成長が続き、何度か不況があり、倒産や不良資産もありました。それでも10年くらいすると何とかそれまでの損を取り戻して、落とし前がついていたという記憶がずっとあるため、何となく楽観的になりがちです。

  しかし考えてみると、この30年間というもの、経済はほんの少ししか成長せず、ほぼ物価も上がらず経済は減速したままでした。戦後最長の景気拡大だ、昨年比で実質成長率がゼロコンマ数%伸びたので連続的成長していると言っても、体感的にはほとんど伸びていません。何もしなければ縮小していくので、日銀が株式買い取りなどお金をものすごく注入しながら、何とか経済規模をへこまさずに済んでいるだけ。実態はかなり実体価値は減少しているのだと思います。そして、いつまでもそれを続けることはできず、より深刻な低成長または下落経済となることは確実に予想できます。特に人口が増えない限り、経済規模は確実に縮小するでしょう。

  組織内部のことだけを考えて、そこに没頭しているのは楽しいので、周りの環境が変化していることはついつい忘れがちになります。かつてポラロイドは、デジタルカメラの登場により、インスタントカメラが減少するのは十分に予想していました。デジタルカメラに方向転換する決断もできたのですが、自社が保有する技術や経営資源がまったく違うため、結局、「何とかなるだろう」という希望的観測の下で、インスタントカメラの既存市場を守ることに徹したのです。そして、重要な意思決定をしなかった結果、ポラロイドは倒産してしまいました。その轍をいかに踏まないようにできるか。今の時代は、外部環境はものすごく変化していくので、それに対応してどう身を縮めるか、伸ばすのかをよく考えないといけません。

 

 

 

アジア人の社長を受容できるか?

 故堺屋太一さんは、戦後日本の国民像や東京一極集中はすべて官僚が書いたシナリオに沿ったもので、いまだにそれを鵜呑みにしているが、新しい像を作らないと、日本はとてつもなく落ちていくと、警鐘を鳴らしていました。

  実際に、その官僚が書いたシナリオで成功したのは誰もが多かれ少なかれ成長の果実をもらう事が出来た高度成長期だけで、今のような人口減少で成長が減速して下り坂の時代には多様性がなければ、技術革新やイノベーションは起こりません。特に、ビジネスの世界でグローバル競争をしていくには、男女だけでなく、外国人も日本人もあらゆる差別をなくしてゆかなくてはなりません。優秀であれば中国人やベトナム人が社長になってもいい、という当然の割り切りが必要です。

  しかし、我々の内なる壁は非常に大きく、たとえば、日本製鉄の社長に中国人がなったり、日銀総裁はアメリカ出身の帰化者だったり、東大学長にインド系移民が就いている姿は、現状では想像もつきません。ですが、諸外国ではそれが普通に見られるのです。実際に、アメリカの主なコングロマリットの経営陣の顔ぶれを見ると、20年前と違って全員WASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)ということはほとんどありません。それくらい多様化グローバリゼーションの進み具合は凄まじいのです。

  昨夏、スウェーデンとデンマークに行ってみてわかったのは、これらの国がものすごく社会主義国家だということです。選択の自由はあるものの、税金は高く、すべてが規制されています。都市は整然とし景観もきれいですが、開発規制が非常に厳しく、屋外広告や看板もほぼゼロに制限されているからです。さらに、内閣閣僚の過半数は女性。バスの運転手から船のパイロットに至るまで多くの女性が就業しています。これも規制の結果で、守れないと罰則が設けられているそうです。

  日本にも男女雇用均等法はありますが、罰則がないので強制力はありません。強硬法規を入れて徹底するくらいやらないと、多様化の実現は難しいのかもしれません。日本はホモジーニアス(均一)でまとまりやすく、集団の力を発揮しやすいというのは、メリットかもしれませんが、その逆に集団で沈没する大きな力にもなりかねません。変わり者と言われる人や、異文化や異なる価値観を持つ人を排除するのではなく、そういう人こそ引き立てて、若くして社長にして会社を思い切り伸ばす。それが沈みゆく国の知恵だと思います。

変革の肝は人材

 お寺で仕事にするようになって3年半。最初はビジネスとはかけ離れた環境に馴染むことに必死で、借りてきた猫のようだった感がありますが、最近はようやく自分の思っている方向に進めやすくなったと感じます。

  築地本願寺の変革は目に見えるやりやすい所から着手しました。先ず境内地を改装し、合同墓やインフォメーション棟をつくったのです。合同墓は1年3カ月で4600件の申し込みがありました。これは収入面で大きな効果があり、お寺の維持運営がだいぶ楽になりました。そして、インフォメーション棟内に開いたカフェですが、「18種の朝食」で有名になりました。これはマスメディアの効果で、テレビに取り上げられるたびに来場者が増えていったのです。そうした改装や変革の結果、1日平均4000人だった寺院への来場者が8000人になり、それだけ本堂への参拝者も増えています。

  もっとも、テレビの効果は一時的なので、今後もこの勢いを維持できるかどうかは疑問です。何も手を打たなければ、せっかく増えた来場者も減っていくだけです。これは、地道に努力するしかありません。広告宣伝をしたり、個人だけでなく法人営業を強化したりと、できることはたくさんあります。ただ会社経営と違って、営業をやったことがない人に営業させるわけにはいきませんし、外部から人材をヘッドハントするにしてもなかなか特殊な組織風土になじまない可能性が高い。ここは難しいところです。変革を進めるときにも、根付かせるときにも、ボトルネックになるのはやはり人材です。

  ところで先日、ある会社の取締役会に呼ばれて、1時間半くらい講演しました。築地本願寺の改革の話をしたのですが、「外からきた人が、どうやってリーダーシップを確立したのか。そのポイントは何か」などと、問題意識に基づく鋭い質問が多かったのが印象的でした。そして、もう1つハッとさせられたのが、完全にペーパーレスだったこと。30~40人分の机の上にはディスプレイが置かれ、大きなスクリーンに映された内容が手元のスクリーンで見えるようになっていました。翻って、宗派の重要な会議を考えてみると、いつも紙の分厚い資料を配られます。1回の会議に行くと、コクヨのバインダーが1冊埋まってしまうほど。デジタル化の流れの中で、古い世界の何を守り、何をどう変えればいいか。まだまだ課題は山積みです。

 

 


 

習慣化する

 チャールズ・ダーウィンは、「生き残るのは最も強いものでも、最も賢いものでもなく、変化できるものである」と説いたことで有名です。誰もがその通りだと頭では理解できるのですが、身体はわかっていません。それで変化に直面すると、反作用や反発が生じるのです。ここでリーダーは反対意見に惑わされて、「君たちの言うことはわかる」などと絶対に言ってはいけません。「とにかくやってみよう」と促し、それで少し変わり始めると、周りの見る目が変わってきます。小さな成果を見せれば、「あの人が言っていたことは、嘘ではなく本当だ。それなら、私たちも変わらないといけない」と思う人が増え、やっている本人も自信がついてくるのです。

  この時に重要なのが、リーダーはコミュニケーションをよくとりながら、説明責任を果たしていくことです。これを怠ると、独裁的に進めざるをえません。すると、独裁者がいなくなったとたんに、振り子が元に戻り、「あれは、いったい何のための改革だったのか」ということになりやすいのです。少しずつ前に進み、そこで歯車が回り始めたら、それを習慣化し、元に戻らないところまで持っていかなくてはなりません。

  これは組織変革だけでなく、自己変革でも全く同じです。たとえば、健康的になるためには痩せないといけない。痩せるためには食事は調整して、腹八分にしないといけない。そう理屈ではわかっていて、食事によるダイエット、簡単にできる運動などが書かれた本も読みながら取り組んでも、三日坊主に終わってしまうということはよくあります。「変わることが楽しい」と心から思い、新しい行動が習慣化するまでには、多くの時間と労力がかかります。そこまでやらないと、変革は成功しないのです。

 


 

変革のマネジメント

 ビジネススクールではよく、変革のマネジメントのフレームワークを教えます。たとえばハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッター教授は、従来のやり方を壊す「解凍」、そこに変化をもたらす「変革」、新しいやり方や価値観を構築して固める「再凍結」という3ステップを提唱していることで有名です。また、同校のリンダ・ヒル教授は、その著書「変革のリーダーシップ」で人々の変革に対するエネルギーを集めて集合的な力にするマネジメントを説いています。こうしたフレームワークとともに、さまざまなサクセスストーリーが紹介されるわけですが、いざ変革を実践してみると、経営の教科書にあまり詳しく書かれていないことがあることを実感させられます。特に、変革に抵抗しようとする社員のエネルギーが非常に強いのです。

  どのような組織でも、どれほど小さなプロジェクトでも、今までのやり方を変えようとするときには必ず抵抗する人が出てきます。なぜなら、人は誰でも「変わりたくない」という気持ちが多かれ少なかれあるからです。現状維持は安定的に生きるために不可欠であり、こうした保守的な反作用にはおそらく安定装置としての役割があるのでしょう。

  変革では何を変えるのか、どう変えるかを考えるだけでも難しいのですが、それ以上に大きな課題となるのが、人間が本質的に抱く「変化への抵抗感」をいかに乗り越えるかです。今まで通りのやり方を続けようとする慣性力を「変革」の方向に変換するとともに、変革から過去に戻る揺り戻しが来ることを想定して、それにタイムリーに対応する仕組みも考えなくてはなりません。