島本パートナーズHOME
ペンリンインターナショナルとは

マーク・ベニオフ氏の思想

 世界中の関係者を招いてお祭り騒ぎをする、ドリームフォースのように派手なイベントをなぜやるのか。不思議なことをやっている会社だと、心のどこかでひっかかっていました。だから、実際に参加してみて、ベニオフ氏のキーノート・スピーチを聞こうと思ったのです。そして、ベニオフ氏の話全般から感じられたのは、社会貢献に対する価値観や思想を企業行動に根付かせようという明確な意志でした。

 サンフランシスコ滞在中、セールスフォース・タワーの最上階のラウンジを案内してもらう機会もありました。上級執行役員の日本人女性が応対してくれたのですが、彼女の職務は、セールスフォースを導入しているクライアントに社会貢献活動を勧めて実践してもらうことだと述べていました。完全にコストセンターだと思うのですが、それを全世界で全社レベルでやっているのですから、本当に驚きです。

 日本でも一時期、経団連がフィランソロフィー・クラブといって、企業利益の1%を寄付しようといった運動が行われましたが、バブルの崩壊とともに雲散霧消していきました。一方、セールスフォースの取り組みを見ていると、みんながやっているから、恰好だけやるのとは全く違います。最初から世の中に貢献する活動をやりたいから、企業活動を行って利益を出している。それを本気で実現しようとしていることが伝わってきました。

 最近、ESG(環境・社会・企業統治)投資が注目されています。セールスフォースの株価がどうなっているかわかりませんが、これだけ徹底していれば、必ず企業評価に反映され、投資家の目も向くはずです。次世代の企業経営は、「一般消費者が社会や環境に配慮した活動をしているところから、物を買おう使おう」となっていくことを織り込んで、経営戦略を実行せざるを得ません。そういう先まで見通してトータルで儲かるところまで織り込んで、活動していることがよくわかりました。

 

 

 

ドリームフォース

 昨年の11月に1週間ほどサンフランシスコに行ってきました。目的は、セールスフォースの「ドリームフォース」というカンファレンスに出席するためです。

 これは単なるカンファレンスを超えている、というのが参加してみた実感です。規模からして、今年の参加者は17万人だとか。期間中、サンフランシスコの街は、どこにいっても、ドリームフォースのバッチをつけた人であふれていました。もちろん、ホテルは満杯で、宿代は普段の5倍に。私がエントリー手続きをしたのがカンファレンスの4カ月前でしたが、その時点ではホテルの予約が取れず、私がメンバーのオックスフォード&ケンブリッジの提携クラブに通常の3倍の値段で何とか部屋を確保しました。

 セールスフォースを創業したマーク・ベニオフ氏のキーノート・スピーチの日には、朝早くから並びました。金属探知機と手荷物検査の行列中を通り抜け、何千人も入る大きなホールに何とかたどり着きました。そこで驚いたのは、企業活動や商品の説明、顧客や有識者を招いたビジネストークだけで終わらず、最後にシンガーソングライターのアリシア・キーズが登場し、その後はコンサート会場に様変わりしたことです。ベニオフ氏のスピーチなどはネットでストリーミング配信されていたそうですが、さすがにアリシアのコンサートは会場限定で、ネット画面は真っ黒になったと聞きます。いずれせよ、非常に面白い経験をしてきました。

 カンファレンスでは、大勢の人の話を聞きましたが、みんなプレゼンテーションが素晴らしく上手です。おそらく陰では何十回も練習していると思いますが、日本企業の代表者のうち何人が、こうした舞台に立って20~30分新商品をお披露目し、拍手喝采を浴びるパフォーマンスができるだろうかと思ってしまいました。固い感じで、抑揚なく真面目に話すだけでは、「ぜひ買いたい、使いたい」と思うような説明にはなりません。こうした部分は日本はとても遅れているので、私たちはもっと学ばないといけないようです。

 

 

 

 

 

お寺でCRMや企業とのコラボレーション

 築地本願寺では、お寺の会員情報を適切に管理するために、セールスフォースのCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)ソフトを導入しています。築地本願寺など大きなお寺では、人の入れ替わりも激しいため、同じ住職がずっと同じ檀家さんと付き合う形にはなかなかできません。そのため、私が築地本願寺の宗務長に就任する前から、ITシステムを導入して内部の業務を効率化しつつ、銀座サロンやカフェなどでお寺に足を運んでもらう理由をつくり、築地本願寺倶楽部会員を10万人くらい集めて、そのうち2万人に熱心なクライアントになってもらいたいという構想を持っていました。

 セールスフォースは、Salesforce.orgという子会社があり、世界中のNPOにセールスフォースを普及させるとともに、セールスフォースを利用するクライアントを巻き込んでボランティア活動や社会貢献活動を促す活動にも真剣に取り組んでいます。NPO向けに安価にシステムを提供し、ユーザーIDの何口か無料で提供してくれたりするので、大変助かります。このため、他の寺院でも導入しているところが多いと聞きます。

 さらに、セールスフォースの社員は1%の時間を社会貢献活動に割くことがルールとなっているため、朝、築地本願寺の仏具のお磨きをし、法要に出てから出社するというボランティア・プロジェクトも行っています。昨年も「仏具のお磨きボランティア」を行ってもらいました。お寺の裏側に来る機会はあまりないので、みんな興味津々の様子で、10~20人くらいの社員が参加してくれました。もともとお磨きはご門徒様のボランティアにお願いしていたのですが、企業向けに日時を決めて実施するのは、セールスフォースが初めてでした。しかし最近、企業も社会貢献が求められるようになっています。セールスフォースのような企業が増えれば、寺で何か活動することが企業のイメージアップになり、お寺も助かります。今後は、先進的な企業に声をかけてみることで、新たな活動の輪が広がるのかもしれません。

 

 

 

 

 

取材は伝道活動の一環

カンブリア宮殿のホームページに村上龍さんの私との対談前の取材ノートが発表されていたのですが、村上龍さんは、築地本願寺の変革自体よりも、普通の銀行員が僧侶になったという私の選択に「とてもびっくりした」という感想を持ったようです。自分としてはここまで自然に歩んできたキャリアが、他人の目には特異に移ることを、今回は改めて知ることになりました。

 世の中には、お寺や僧侶に関して一定の既成概念があります。僧侶は世襲が当たり前であり、通信教育で世俗の銀行員が僧侶になる人がいるのは驚きなのでしょう。さらに、外部の人が落下傘で既存の大寺院の事務方のトップに入り、営業や事業を統括するのは想定内であっても、僧侶として法要をリードしているのはかなり意外性があったようです。私が手に汗を握って導師として報恩講の法要を行っている場面は、特に熱心に撮影していただきました。

 メディアに露出することについて、お坊さんらしくないと不満に思う方がいらっしゃるかもしれません。ですが、私としてはまったく抵抗感はありません。こうして幅広く紹介されて、お寺に来てくださる方が増えるならば、広い意味での伝道活動にほかならないからです。しかも、テレビの1時間番組をつくろうとすれば、巨額の費用が掛かります。それを無料で取材作成し放映してくれる。それで、10億円以上の広告効果があるとすれば、ありがたい話です。実際に、カフェには連日行列ができるようになりました。それですぐご門徒が増えないとしても、多くのこれまでご縁のない方がお寺に来ることへのハードルは格段に下がります。

 その一方で、こうしてブームは作られるのかともしみじみ感じます。もちろん、これで有頂天になっていれば、伝道活動の足元はぐらついていきます。こうしたブームは所詮、一過性のもの。それを今後どう根付かせるのかが問題です。

 

 

カンブリア宮殿

 築地本願寺はこのところ急にテレビの露出が増えていて、昨年11月4日にはテレビ東京のニュース番組「ワールド・ビジネス・サテライト」、11月28日には作家の村上龍さんと女優の小池栄子さんがホストとして出演しているビジネス番組「カンブリア宮殿」に取り上げられました。どうも世の中の人にとって、お寺にカフェをつくったり、いろいろな改革を進めてきたことが物珍しいようです。

「カンブリア宮殿」の話は、10月のはじめに、制作会社から取材をされたのがきっかけです。実は、私はあまりテレビを見ないので、この番組のことをよく知りませんでした。担当の方に一度お会いして一通り話をすると、企画が通るかどうか1週間、待ってほしいと言われました。ところがその2日後には、番組制作と正式に取材撮影が決まったという連絡が入ったのです。そこから1カ月くらいかけてほぼ毎日五月雨式に撮影が始まりました。

 撮影は、お寺での仕事だけでなく、グロービスで教えているところまで、ありとあらゆる活動が対象になりました。映画と同じように、大量に撮影しても、使われるのはごく一部。編集されたものは、おそらく5分の1から10分の1程度でしょう。そうなると、自分の発言のどの部分が切り出されて紹介されるか見当もつきません。取材慣れしていないので、失言もあるだろうし、長い文脈の一部を取り出すことで、どぎつい言葉になるかもしれません。なかなか難しいものだと思いました。

 事実を記録して再構成することで、意味を与えられる。編集能力とは興味深いものです。出来上がった番組を見て、思っていたほどの失言シーンがなくてほっとする一方で、編集されて構成されると「こうなるのか」「なるほどと納得感のあるストーリーになるのだな」と、少し他人事のような気持ちになりました。