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ペンリンインターナショナルとは

多様な働き方

 この前、タクシーに乗ったときに、面白いタクシーの運転手さんに逢いました。彼が車に乗るのは週2回だけだと言うのです。経歴を聞いてみると、大卒で海外の大学院にも行った商社マンで、65歳で引退。家で何もしないでいると、ぼけてしまうので、何かしようと思い立ち、運転好きと英語力を生かして、ホスピタリティ・タクシーの免許を取得したそうです。上級のホスピタリティ・タクシーは専用レーンを優先的に使えたり、外国人のお客様から電話がかかってくると優先的に配車されたりするというメリットがあるのだとか。それでも、2日以上は働かないと決めているそうです。

  好きな運転をしながら、人の役に立って、お小遣いも稼げる。とても自由な働き方をしているなと感じました。そうかと思えば、大学を出てタクシー会社に就職したての若いドライバーが、東京生まれなのに道を知らず、お客様に教わりながら、何とかその道で生きていこうとしていることもあります。そういう姿を見ると、世の中が多様化していることをつくづく感じます。1本調子の人生ではなく、2本、3本と折り重なって、いろいろな方向性に進む。それが当たり前だという時代に、ようやくなってきたのでしょう。

  グロービス経営大学院の学生も多様化していて、クラスの定員35人のうち、1人か2人は留学生が混じっています。その多くが、来日して4年から10年、大企業に務めて係長課長クラスになっている中国人です。卒業式のとき、これで日本での学びはけじめがついたので、中国に戻って起業してひと稼ぎすると言っている人もいました。異文化で揉まれて働いてきた人と、のほほんと会社の階段を上り上司の悪口を言いながら過ごしてきた人では、同じ10年のキャリアでも大きな差になります。グローバル競争での勝敗は目に見えています。自由で多様化するということは、そういう競争にさらされる世の中も意味するようです。

 

 

滅びの美学

 最近よく思うのは、滅びるとわかっていても、そのまま突き進まざるを得なくなり、大きな流れに巻き込まれていく状況についてです。たとえば、私の学生時代から、将来(つまり現在)人口が減少することも、年金財政や社会保障費が現行制度のままでは破綻することもわかっていました。それでも、根本的な手は打たれませんでした。日本が太平洋戦争へと突入していったときも、同様です。猪瀬直樹氏の著作によると、昭和15年に当時の総力戦研究所の若手官僚たちがシミュレーションをして、どうあがいても対米戦に勝てないという結論が出ていました。1年間は暴れるので、その間に和睦をしてくださいという戦略だったらしいのですが、それだけの体力、知力、外交力を政府の誰も持たないのですから所詮無理な話です。山一證券の最後の頃の様子を書いた本にも、価格保証をして損失を補填し、債務超過に陥ることは明らかで、誰もが無理だと思っていたのに、やめられなかった状況が描かれていました。

  こうした滅びに向かうエネルギーは、誰にも止めようがないのかもしれません。独裁者が出てくるのも、こうした状況においてです。エーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』という本の中で、ドイツがどのようにナチズムに染まっていったかを社会心理学的に分析しているのですが、人間は完全に自由な状態で何かをすることは怖いもので、誰かに引っ張ってもらいたいという大きなエネルギーが働くのだと指摘しています。怖いから何かにすがろうとするのは、仕方がないのでしょう。しかし、それに飲み込まれないようにするには、各人がどれだけ自分の生き方や価値観をきちんと持っていられるかが問われるのだろうと思います。

 

B2B企業の広告

  先日、「週刊東洋経済」誌の大学ランキングを見ていたのですが、大学の質、卒業生の就職率、論文の引用度合いとかで総合的に点数を出すやり方をとっていました。このうち、大学として生き残っていくためには、学生の就職活動はとても重要だと思います。ただし以前のように、有名大学から有名会社へという就職は崩れてきました。東大生で、外資系コンサルティング会社や金融会社を受けに行くという話を聞くと、私のような世代からすれば、「年収が高いからと言って、なぜそんなにこき使われるところに入ってしまうのか」と思ってしまいます。何日も徹夜仕事で下働きをさせられ、完全な実力主義です。できなければ「来年から用はない」と言われる厳しい世界なのです。そうした内実よりも、知名度の高さ、格好がよさそうなイメージしか知らないのは、学生としては無理もないのかもしれませんが。

  私は仕事柄、京都に行くことが多いのですが、駅の看板、新幹線の両端の広告を見ると、「○○は世の中に貢献しています」とB2B企業の者が大半を占めています。昔は、野球場の広告と言えば、飲食品など消費財メーカーが多かった記憶があるのですが、やはりここでもB2Bの会社名が多く見られます。野球場に大きな看板を出すと、年間の広告代金が何千万円もするのですが、なぜそんな広告をBtoBの会社が出すのだろうと思っていると、「良い学生を採用するため」なのだそうです。優良なB2B企業はたくさんありますが、そもそも存在を知ってもらわなければ、よい学生は採れません。会社名やロゴを目にする機会を増やすことは会社のブランドイメージを高めるために大切なのだなと改めて思いました。

 

オーナー企業の危機管理

 人事権を持っている権力者に、モノを言える人はほとんどいません。特に、オーナー企業では、オーナーに物申す人は稀で、強いオーナーであればあるほど、間違った方向にずれたときに、歯止めが効かなくなります。周りは全部イエスマンで固めている場合、非常事態が起こったときに、みんな「どうしましょう」と言うだけで、何の役にも立たないのです。

  それを避けるためには、オーナーが、自分にモノを申す人を養成しておくしかありません。これは、内部の人でなくても構いません。顧問のような形で、多少のお金を払ってでも、何か問題が起こったときに、簡明直截に「こうしたほうがいい」とズバッと言ってくれる人をキープしておくこと。多くの会社では、それが顧問弁護士やコンサルタント、社外取締役だったりしますが、必ずしも厳しいことを指摘してくれる人を抱えているわけではありません。そういう時に動いてくれる人をまずは任命し、その人がダメなら、次の人に当たれるように、常日頃から危機管理として複数のチャネルを用意しておくことが大切です。

  たとえば私の場合は、粉飾会計なら会計に強いAさん、パワハラ・セクハラや痴漢事件ならこうした訴訟で実績のある弁護士のB先生、不祥事の対応が必要なときはC社というように、タイプ別に誰にコンタクトをとるべきかというリストを用意しています。これは自社にも役立ちますし、大企業の社長がスキャンダルを起こして相談されたときも、たいていのことは何とかなるかなと思っています。

  ところで、危機管理の事例として見事だと思ったのが、小中学生向けの通信教育で有名なB社です。2014年に個人情報が流出してしまうという事件が起こりましたが、当時の社長は決断力があり、直ちに本社のワンフロア全部を危機管理対応室にして、自ら真ん中に座って陣頭指揮をとったのです。そして、大手コンサルティング会社を雇い入れ、大手コールセンター会社を契約して、弁償資金を準備して「お詫びの連絡と弁償の為に謝罪金を支払う」などの対応策を一斉に打ちました。もちろんダメージは大きかったと思いますが、この種の問題としては、かなり早期に収拾しほうではないかと思います。

 

 

 

無量の光

 地球の歴史が56億年、恐竜が出てきたのが1億1500年前、滅んだのが6500万年。人類や類人猿が出て100万年、200万年、有史以来せいぜい数千年。そういう長い歴史の中で、現実を見据えることは大事だと思うことがあります。事実が証明されている科学の世界は、たぶん私たちが見聞きする現実の中のほんのわずかな部分でしかありません。現在の科学や合理的思考が通用しない、常識的でない世界のほうが非常に大きいとすると、そうした大きな視点で今の私たちの在り方を見れば、まったく異なる様相になるはずです。

  宇宙レベル、長い時間軸など、普段の生活とは少し視点を変えて、大きな観点で考えていくことは、宗教について考える際には特に重要だと、私は思うのです。たとえば、浄土真宗の阿弥陀仏は「無量の光」と「無量のいのち」を意味しています。本堂に本尊として阿弥陀如来像が置かれていますが、あれは「方便法身」という仮の姿で、私たちがわかりやすいように擬人化したものです。本当はまったく形がなく、限りない光やいのちという概念上の存在です。したがって、ありとあらゆるところに存在する仏の光を浴びて私たちは生活し、無量の光に包まれて私たちは救われていくという世界観は、とても納得感があるのです。

  宗教の世界でいう光が、宇宙の果てからくる光なのか、地球の反対側から来るニュートリノなのかは、わかりませんが、そういうものに私たちが物理的に包まれていることは間違いありません。その中で、自分の運命や人生についてどう考えていくのか。本堂でお経をお唱えさせていただくようになってから、そんなことを考えるようになりました。