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サハラ砂漠マラソン

ある時、社員と一緒に研修を受けたのですが、講師から、サハラ砂漠でのマラソンの体験談を聞きました。

 その方は、もともとマラソンランナーだったわけではありません。あるとき、マラソンをやろうと決意し、まずは1日10分歩くことから始めました。その後、時間を延ばして1時間歩くようになり、2カ月目から小走りへ。それも10分、15分と短い時間から始めて、少しずつ走る時間を伸ばす。そうすると6カ月後には、10キロや20キロをゆっくり走れるようになっていました。次はハーフマラソンに挑戦し、それが走破できたら、フルマラソンに挑戦する。1年目にフルマラソンを走りきり、2年目からはもう少しハードな大会に出て、3年目にようやくサハラ砂漠に臨める状態になったのです。

 サハラ・マラソンは、7日間で230キロを走破するという過酷な大会です。砂漠では、直射日光が当たらないように体中を防備しなくてはなりません。水とテントは用意されますが、競技中の食事はすべて自分で用意する必要があり、10キロくらいの荷物を背負って走ることになります。これまでにタレントの間寛平さんが完走していますし、実業界でも挑戦する人は多いようです。

 ただし、現地に行って参加表明した人でも、走り始める前に5分1がリタイヤするそうです。大会中は係員がランナーを見守っているので、野垂れ死にすることはないのですが、やはり途中で死んでしまうのではないかという恐怖感がとてつもなく大きいのです。

 世界一過酷なマラソンだと思いますが、それでも最初の一歩は歩くことから始まるのです。そうやって少しずつ馴らしていけば、人間は過酷な状況でも走りきることができる。私たちはそれだけの潜在能力を秘めているのです。

 

 

 

 

変えられるものを変える

「過去と他人は変えることはできない。未来と自分は変えることができる。」

 

 これは、交流分析を提唱した心理学者として有名なエリック・バーンの言葉です。

 うまくいかないことがあったときに、周囲の環境のせいにしても仕方ありません。教育がない、いい大学を出ていないと、自分の過去を嘆いても何も始まりません。結局のところ、今の自分にできることをやるしかない。誰に何を言われようと、自分の道を行く。そう決めて一歩踏み出せば、状況は変わり、往々にして物事は好転していくものです。

 NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組でプロサッカーの岡崎選手も同じようなことを言っていました。背が低いけれど、よく動く。みんなが予想しない行動をとり、一瞬のスキを突くのが、岡崎選手の持ち味です。しかし、そんな彼もスタメンから外され、悔しい思いをします。それでも、自分に今できることをするしかないと、トレーニングを続け、実力をアピールして、やっとのことでピッチに立つ。そして、ゴールを決めて、一歩前へ進む。これはスター選手に限られた話ではなく、誰にでも当てはまるやり方だと思うのです。

 小さなことも含めて、今の自分にできることは案外たくさんあります。どれが効果的かはわかりません。それなりの効果が見込めること以外はやりたくないと思うかもしれませんが、わからないことに賭けてみないと、物事は変わりません。リスクをとらないと、現状は打破できないのです。ぎりぎり追い詰められたときに、今の自分ができることに全力を尽くす。少しずつ自分にできることをやり続け、状況を変えていく。それが、自分がより自分らしく生きる、充実した人生を築くための道ではないでしょうか。

 

 

 

駅ナカ店舗とミニスーパー

先日、西荻窪駅前にスーパーの紀伊国屋がオープンしました。JR東日本が紀伊国屋を買収した後、駅ナカや駅ビルで紀伊国屋をよく見かけるようになりました。

 私がJR東日本に出向していた当時、当時の関連事業本部企画部で駅中スーパーやミニデパート構想の準備をしました。駅ナカはJR直営の子会社が独占していたので、開放して他のチェーン店を入れたほうがいいと考えたのです。残念ながら、その時点ではこの企画は通りませんでした。しかし今では、駅ナカにドトールやスターバックスなど有名店が出店するようになっており、随分様変わりしたなと思います。

 JRの人たちのすごいところは、1990年代初期に作成された中長期計画の内容を、時代の変化を見ながら、20年以上かけて実現していっているところです。たとえば、私の前の世代の出向者は、駅側のビジネスホテルというアイデアを出しました。それが、今のホテルメッツとなっています。

 世の中は常に変わっていきます。時代環境に合わせてモデルを変えていかないと、生き残れません。スーパーひとつとっても、巨大なGMSがもてはやされた時代があれば、今は、せいぜい半径500メートルの小商圏のミニスーパーが隆盛を誇っているような時代があります。コンビニではもの足りない。かといってGMSまで行くと、時間も距離もある。うちの近所にもイオンのマイバスケットができましたが、気軽に歩いて行くことができて、生鮮の品揃えがいい。こんな場所で利益が出るのだろうかと思うこともありますが、撤退していないのを見ると、やはりニーズはあるのでしょう。

 ただし、みんながほしいというものを、どうやって見抜くのかは難しいものです。「自分ならこういうサービスがほしい」というのが一番確実な需要ではないかと私は思っています。

 

 

 

良いコンビニの見分け方

チェーンストア理論を学んでいた頃、良いコンビニと悪いコンビニの見分け方を教えてもらいました。

 そのやり方はいたって簡単です。店に入ったら、目線を固定して店内を一周し、雑誌や本、生鮮食品、冷凍食品、お菓子など、すべての棚を見て歩きます。目線が一定なので、どの棚も一列分しか見えませんが、商品がどのくらい置かれているか欠品がどれくらいあるかが把握できます。

 これと同じやり方、同じ時間帯で、同じ地域内の他のコンビニも見て回ります。地域が同じであれば、客層はほとんど変わりません。欠品なしに、いかに棚に適切な商品を揃えられるかで、コンビニ間の優劣がわかるというわけです。

 たとえば、夜11時に夜食を買いに来たお客様がいた場合、おにぎりが何個並んでいるか。棚がスカスカであれば、売上ロスが生じます。その時点でおにぎりが揃っているように、仕入れなくてはならないのです。コンビニに置かれている商品はおそらく2500~3000品目ですが、日販品もあれば、半年に1度しか出ない商品もあります。その中で何が売れるかを判断し、きめ細かく在庫管理ができるかどうか。これが業績の差になるのです。

 仕入れには、前年実績、前年同月同日比、その日の温度などのデータに基づいた自動発注システムを使ってもいいのですが、AIの予測モデルだけに頼ると、意外に当たらないこともあると聞きます。明日は付近で運動会があるといった付加的要素も総合しながら、人間が明日を想像していろいろと考えて仕入れボタンを押すことが大事です。その意味で言うと、AI化が進んでも、人が修正していく作業は残るのだろうと思います。

 

 

 

 

渥美さんのチェーンストア理論

ブラック企業として外食産業がよくやり玉に上がりますが、私は出向先で新規事業開発を担当したときに、飲食店の企画をしたことがあります。未知の分野だったので、いろいろな場所を視察し、ヒアリングしながら、勉強しました。当時、正しいとされていたことが今も正しいとは限りませんが、そのとき学んだ理論は私の基本となっています。

 特に印象に残っているのが、渥美俊一さんのチェーンストア理論に関する本です。渥美さんはアメリカの理論を日本に持ち込み、チェーンストア経営研究団体ペガサスクラブをつくって流通や外食産業各社の研修も行っていました。そこで学んだのは、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん、ダイエーの中内功さんなど、物販や飲食でチェーン展開を行った経営者たちです。みんな勘や経験だけではなく、ベースとなる理論を学んで事業経営をしていたのです。

 チェーンストア理論では、できるだけ標準化したものを普及させ、忠実に実行しながら、事業を発展させます。しかし、それを実現するのはなかなか難しいものです。特に、当時の日本の現場は、標準化よりも、ひたすら根性や努力で何とかやれという発想で動いていました。各店がバラバラでも、儲かりさえすればいいという価値観だったのです。優秀な店長や支配人がいるときはこのやり方でも構わないのですが、その人がいなくなったとたんに、店はガタガタになります。いかに標準化したやり方を現場に入れて、PDCAで経営を回していくか。理論をどうやって現実に適応してやっていくか。そこはマネジメントの腕の見せ所となります。